心臓の奥深き空処にこの不可思議な世界を見いだすと、平等覚、等正覚といいますが、本当に、心臓はどんな人の身体にも等しくあるのです。眠っていても、全身に休まず血を送り続けている。すべての人が分け隔てなく、等しく尊ばれている。この蓮華蔵世界を見いだしたことから、聖徳太子の義疏に書かれている人の法(ダルマ)がはっきりしました。如来蔵の世界です。聖徳太子勝髪経義疏講話より。
稲津紀三著勝髪経義疏より。(寺の読書会の内容なり)
風に吹かれた阿弥陀様の風は、誰も私の決意を止める事は出来ない事を言うのである。弘法大師も言った。後輩が教員を目指して、卒業半年を控えて、突然「医者になる。」と、言った。私の恩師が、「医者になりたいという志は結構ですね。貴方か、貴方と縁ある人に、必ず、お医者さんがでるでしょう。」と、ポンと肩をたたかれた。日本で、50才になった人が、僻地医療の医者の必要性を感じて医者になった例があるという。私自身も、仏法の医王・聖徳太子の「凡を化して聖となる」という教えに共感して、法隆寺(学校)、四天王寺(病院・ホーム、国際交流)を目指す寺を新寺建立したのである。夢を与えられる寺として。
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